北海道医療大学看護福祉学部教授 横井 寿之
T 戦後の「施設福祉」
知的障がい者が家族の元を離れ、入所施設に措置されて30年が経過する。施設に入居しているほとんどの人が60代の年齢になり、なお約8畳に4人部屋という暮らしをしている。彼らが町まで外出するのは3ヶ月に一度である。田舎にある施設というわけではない。中規模都市にある施設で、町の中心街にでるのに車で20分もあれば十分の距離にある施設であるにもかかわらずである。既に親のない彼らの楽しみは月に一度兄弟のもとに一泊で帰省することである。施設では一泊の帰省に5万、10万とお金を持たせる。時には兄弟の求めに応じて、彼らの貯金から50万単位のお金を振り込む。保護者であり、帰省を引き受けてくれる兄弟との関係を維持するためには必要なことであると施設職員は言う。彼らの年金は時には兄弟の了解を得て、施設の家具や備品の購入に30万、50万という単位で使われる。
こうして彼らの障害基礎年金はほとんどは消えていき、年金が彼らの自立に向けての豊かな生活を保障していくということに使われることもない。彼らは施設から出て普通の暮らしを経験することもなく、たった一度の人生を施設で終えることになる。
彼らは「悪徳の民間施設」に措置されたわけではない。中規模都市の公立の施設での話しである。彼らの不幸は本来安心が得られるはずの公立施設に措置された事であったといえるかもしれない。なぜなら30年以上も運営されている民間施設では、少なくとも時代の流れのなかで、施設利用者の暮らしを豊にする工夫をしていたはずであろうし、グループホームの一つや二つは運営していたであろうから、施設を出て別の暮らしをする機会はあったかも知れないからである。
およそ普通の暮らしとはほど遠く、老朽化した施設の暮らしを30年以上にも渡って管理ししつづけ、自立に向けての理念のかけらもない公立の知的障がい者入所更生施設。戦後の「施設福祉」の典型がそこにある。
U「施設福祉から地域福祉へ」
1.理念なき施設の大規模化
戦後の障がい者福祉政策が、明らかに大きく変わろうとしている。平成10年の社会福祉基礎構造改革から平成12年の社会福祉法の成立で日本の福祉施策の基本的な理念は「施設福祉」から「地域福祉」へとシフトした。そしてこの変革が改革に言う「利用者の権利擁護」に伴う、当事者主体という方向性や措置から利用契約による「選択の拡大」につながるのかどうかは、平成15年から実施されている支援費制度の動向を注意深く見つめることが必要だろうと思う。支援費制度によって、利用者の権利がどのように保障され、施設がどのように現に改革されていくのかを確認しないと、単純に良い方向に変化するだろうと喜ぶわけにはいかないというのがかねてからの主張である。
社会福祉基礎構造改革は確かに戦後の「施設収容主義」の福祉施策から、ノーマライゼーションの理念に基づく地域福祉にシフトを変えることは間違いない。しかし、福祉構造改革のその理念とは裏腹に、単純に「利用者主体」とならないのは、理念を高める形で法律改正を積み上げてきた北欧と違い、日本は「収容・保護」の思想的枠組みが基本的に変わらず、その結果としての「入所施設」の整備・拡大を福祉施策の柱としてきたからである。国としての理念なき「箱物福祉」は、今日、地域によっては驚くほどの予算を投入した施設の整備をいくらしても、その事がいっこうに利用者主体の施設運営とならなかったという事実は、政策に理念的な裏付けをしていく国としての努力を怠ってきたからに他ならない。国は施設づくりには確かに金を出すようにはなったといえる。施設設置の基準と最低水準、補助金額は段階的に引き上げられては来た。しかし、施設運営の理念はそれぞれの法人の独自性と主体性で障害者の福祉を向上するようにしなさいという戦後の社会福祉事業法の公費支出の根拠としたことから本質的には変わってはいない。従って、施設による障害者福祉の実践的な理念形成は個々の優れた先駆者や職員によって作り上げられてきたといえる。高度成長期以後、施設建設や運営費が一定度の水準に達するようになると、それまで篤志家や障害者福祉に熱意をもって施設を作り上げてきた有意の先駆者たちとは明らかに違う人々の参入によって施設の量は飛躍的に拡大した。同時にそれは理念なき「収容・保護」の絶対的な拡散を生むという結果をもたらすことになる。それが障害者に対する人権侵害事件の量的な拡大につながっているといえる。
この量的な拡大としての施設運営のあり方を戦後50年問うことなく、ここにきて、社会福祉構造改革を掲げても、民間法人の施設運営の考え方が劇的に変化するなどということはあり得ない。スエーデン、デンマークのように、各自治体に計画的に施設からグループホームへの移行計画を求めるような政策を実行できるような国なら、それも可能かもしれないが、日本の福祉改革にそうした北欧福祉先進国の理念が法律に表現されるようになるには、なお30年要するだろう。
なぜなら、昭和40年代の初頭、障害者のコロニー構想が障害者福祉の究極の福祉施策の理念としての「終生保護」の理想型として、北海道伊達市に設置された知的障害者総合援護施設が400人「収容」の規模をもって設置されて以来、大規模施設の設置は全国の都道府県に及ぶのである。世界的にいえば、福祉先進国では、1960年代はすでに大規模施設の「収容・保護思想」から「町の中に小規模化」の時代であり、一部の現場の福祉関係者からは、日本におけるこうした時代錯誤を指摘されていたにもかかわらず、日本では当事者の「普通の暮らし」という障害者福祉の理念がほとんど議論されることはなかったのである。
この大規模施設は、太陽の園の設立から30年にわたって、都道府県がその規模と収容者を競う形で拡大し、当時構想として最大規模の施設は入所1,200人想定するという規模で議論されるようになるのである。
太陽の園の設立以来、30年を経てこれらの大規模施設は施設老朽化による大規模修繕と改築の時期を迎えるようになってきている。この改築が実は日本にとって重要な意味を持つはずであった。すでに大規模施設は歴史の一時期の役割を果たし終えたというのが、ほとんど全ての福祉関係者の認識であったにも関わらず、この大規模施設の30年についての総括と評価について問題とするものはほとんどなく、社会的にも関心を持たれなかった。その結果、また新たに何十億という資金を投入して、改築という名目の大規模施設の新築を始めつつある。日本はノーマライゼーションの理念に基づく福祉構造改革を発表するこの時期、実はこれらの大規模施設に踏み込まなかった結果、本当の意味でノーマライゼーション社会に向けてのスタートを切るチャンスを失ったとさえいえるのである。
ヨーロッパの福祉先進国との決定的な違いは、スゥエーデンにおいては「大規模施設は建物そのものを解体」することによって名実ともにノーマライゼーション社会の実現を実質的なものにしてきたのである。今残る大規模施設は、かつて障害者がこのような非人間的な施設で暮らしていたということを伝えるための「博物館」として残されているにすぎない。日本では一度建てた建物を新たな理念のために解体するとは考えにくい。となれば、日本における大規模施設は今後30年また続くことになるのである。この大規模施設が解体し、施設入所者が地域に戻されない限り、日本ではノーマライゼーション社会のスタートラインに立てることにはならないといえる。
2 宮城県の施設解体宣言
日本の施設解体にむける状況は極めて気の遠くなる話しではあるが、ここにきて幾分の希望がないわけではない。平成14年11月23日、宮城県福祉事業団は船形コロニーは施設解体宣言をした。今後10年に渡りコロニーの入居者485人を100ヶ所のグループホーム移行させることを宣言したのである。宮城県の宣言は船形コロニーの入所者だけではなく、県内の入所施設の利用者すべてについて、施設から地域居住の方針を示したことで画期的な宣言であると言っていい。日本におけるノーマライゼーションの理念の実現は宮城県で実現する事になる。日本におけるノーマライゼーションの実現は結局国のレベルでは実現の見通しは立たず、県や市町村という「地域単位」での実現していくしかない。
例えば北海道の当麻町という町での知的障がい者通所授産施設「ギャラリーかたるべプラス」が掲げる「入所施設によらない地域福祉の実現」という実践の提示の仕方が重要になるのである。福祉の実践にかかわる者が、自分の地域で、どんな方法でまず「入所によらない福祉」を実現するのか、また、どのように「入所」を解体し「在宅福祉」に転換するのか、小さな単位で具体的に実践を積み上げていくことが重要なのだと言える。
V 当事者主体のノーマライゼーションに向けて
福祉構造改革によって社会福祉法人による施設運営が利用者主体となるかどうかは、基本的には法人の施設運営の理念と実践の質の高さによるのである。なんのための福祉構造改革かというなら、それは当然の事ながら「利用者主体」の改革でなければならない。
「規制緩和」はなんのためかといえば、利用者中心の運営のために、従来の規制を緩和し、柔軟な施設運営を促すことにほかならない。そのことによって福祉施設利用者の生活の質を向上させ、普通に暮らす権利を保障し援助する内容でなければならない。
はたして、施設利用者を中心にして福祉構造改革の理念を実現しようとする法人がどれほどあるだろうか。構造改革によってもっと利用者中心の施設運営ができるようになると喜んだ施設長はどのくらいいるのだろうか。構造改革が世に出て、気になる最近の議論は「市場原理」という競争の導入によって、法人としてどう生き残るかという議論であり、経営の安定化のための支出の抑制を目的とした事業の見直しであり、人件費の抑制であり、人権問題をおそれ、処遇困難な障害者を受け入れることはできなくなるといった議論である。
理念なき法人が運営する施設は決して、当事者中心に物事を考えはしない。
期待したいのは、地域生活を施設運営の基本とする意欲的で、この状況を歓迎する進取の気概をもつ施設長や職員の活躍であり、地域生活を含めて支援する小規模作業所や生活支援の場で当事者を支えている人たち、そして地域で暮らす事を願いとする親たちと当事者運動の広がりである。こうした人たちの活動を市民レベルで支える事が、実は、現に今ある法人の施設運営に大きく影響を与える時期が来ると信じている。
福祉構造改革がもたらす最大の効果は小規模作業所の小規模法人化、NPO法人化を促す事になるだろうと思う。当事者の地域生活の願いを受け止めて広がってきた五千ヶ所といわれる小規模作業所が法人認可を受けるようになれば、管理主義の法人の施設から間違いなく人材が流出する結果をもたらすことになる。さらには支援費制度の導入により、「在宅の3本柱」といわれるホームヘルプ、ショートスティ、ディサービスの事業を実施するいわゆる地域生活支援事業所の広がりは新たな福祉領域を創設し、地域におけるノーマライゼーションの推進を加速するだろう。この事によって、大規模施設や管理主義を望まない若い人材の受け皿ができるようになる。ノーマライゼーションが遅れてきた来た国といわれるフィンランドでグループホームによる地域福祉が進んだのも、実は既存の施設に就職を望まない若い世代のニーズによることが大きいといわれている。日本の構造改革も結果的にはそうした状況を創るのではないかと期待するのである。
今後、福祉施設を運営する法人は、なんのための法人であり理事であるのか、施設長は、職員の側からますますその力量が問われるようになるだろう。施設を利用する当事者中心の施設運営がなされているかは、法人と施設の「情報開示の義務化」によって市民に明らかになっていくだろうと思われる。
こうした変革の動向を背景に、いち早く先駆的な施設が第3者のオンブズマン制度を導入するようになってきた。第3者の評価・点検機関をどのように施設運営に生かすかはすべての福祉施設に課せられた課題となるのはもはや時間の問題である。また、今のところの苦情相談程度の権利擁護機関は、より現実的で問題解決能力を持つような組織に改革されていくだろうと思われるし、市民レベルでの障害者の権利擁護活動が多様に活動するようになるだろう。社会福祉構造改革後の支援費制度の中で試行錯誤を経験して、法人のあり方、施設のあり方がますます問われる時代になってくるだろうと思われる。
支援費制度の不足を論拠に「介護保険制度の導入」を推進してきた人にとって今やそれが現実のものとなりつつあり、財源的な面での保障を得て障がい者の「地域福祉」の推進が飛躍的に推進するかのような喜びようであるが、果たしてそうか。
高齢者における介護保険の導入によって、高齢者が地域で「普通に暮らす」ことを保障する福祉としてが飛躍的に推進されたと言えるといでもいうのだろうか。多様な民間事業者の参入と言うことによって、業者の「経営」としては成り立つように高齢者から「儲ける仕組み」とはなったが高齢者のノーマライゼーションはどれほど広がったと言えるのか、はなはだ疑問と言える。
障害者福祉の領域では、ノーマライゼーションという理念とともに「当事者主体」という確固たる理念を示すことが重要で、理念なき介護保険の導入では「事業者のための制度」となっても障がい当事者のための福祉とはならないのではないかと危惧するものである。
この場合の理念とは「入所施設解体」という事を目標として示すということである。
福祉先進国がそうであるように「入所施設」はノーマライゼーションの時代が実現するまでの間、当事者や親、さらには市民の信頼を得て過渡的に必要とされる「施設」としての役割しか果たし得ないのだということ、そして今なお入所施設で管理されている障害者に「未来」を示すことができるのかを介護保険を導入しようとする人たちは心に留め、胸に刻んでほしいと思う者である。 〔地方財務2004年7月号掲載〕
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